寅次郎の喜怒哀楽    寅パパの多事争論 Ver.2

国際政治専攻の寅パパが、ん?と思ったら書いています!

母親の顔

北京オリンピックで最初のメダルはやっぱり谷選手だった。

でも金ではなくて銅メダル。本人はそうとう悔しかったに違いない。でも、心の中で感情をすべて押し殺したんだと思う。察するに余りある。

長いこと頂点に君臨した谷選手は、ほぼ99%研究し尽くされ、その結果「組んだら実は脆い」という説が流れていた。加齢に伴う戦い方の変化もそれに拍車をかけた。全日本選抜体重別でもそうだった。谷選手も気づいていたに違いない。だから組むことを嫌ったし、慎重になり過ぎたんだろう。

無論、育児と柔道を両立させることは、相当大変だったに違いない。コンディションを整えるために、かなり無理をしてきたんだと思う。

この後どうするのか、多くの国民・マスコミは注目するに違いない。

そんなことは気にすることはない。今はゆっくり休んで、家族との時間を最優先で考えて欲しい。表彰式・インタビューの時の笑顔はすこし硬かったけれど、すでに母親の顔に変わっていましたからね。

寅パパ